こんにちは、アマザトです。

ここにいる自分と本当の自分がいます。
以前、苦しくなるのは、「ここにいる自分と本当の自分の距離が遠くなるからだ」と言う記事を書きました。

その記事です⇒◆関連記事 心地良い感情、気分でいるために大切なこと

今回は本当の自分についてもう少し書いてみたいと思います。

ここにいる自分

ここにいる自分は自分に対する考えのことです。
自己イメージやセルフイメージと言われますが、良いものも悪いものもありますよね。

自己イメージが良ければ自信を持って生きてゆくことができます。
ですが自己イメージが良くない、低いと自信を持つことができません。

自信を持てないと、行動できなかったり、人の評価に自分の価値を決められてしまいます。

ここにいる自分は時間や場所によって変わります。
固定されたものではなくて、立場の変化や出来事などきっかけがあると変わるものです。

要するにあなたが自分と思っている自分は一過性のものです。

自分そのものではなくて自分のイメージを自分だと思っています。

ですがこれは自分で自分のイメージを変えることができたら、人生も変わると言うことです。

本当の自分

本当の自分は、自分で考えている自分のイメージとは違うところにあります。
逆にそういう立場を取り払ってゆくと最終的に本当の自分だけが残ります。

立場や境遇、条件を取っ払ってゆくと、最後に自分を説明するものは「生命」になります。

その生命こそがあなたの“本当の自分”なのです。

ここにいる自分と本当の自分が離れると苦しいのは、自分の本質と離れてしまうからなのです。

苦しいという事は本当の自分からのメッセージなのです。

そして心が幸せになったり嬉しくなったりするのは、本当の自分でいます!というメッセージです

調和した考えをしていると、ここにいる自分と本当の自分が一致してゆきます。

完璧に一致する時、ここにいる自分は仮のようなもので、本当の自分が唯一の実在だと気づきます。

ここにいる自分は制限が多い

ここにいる自分は立場や境遇の中に存在しているので、いろここでな制約や制限に囚われます。
数値で人間の価値が決まると思っている人は、まさにその中にいます。

○○がない!苦しい! と言う状態になるわけです。

また他人との比較で苦しむのも“ここにいる自分”がしています。

それを解決しようと苦しみ続ける中で、「おまえはダメだぞ」とささやいて来る声があります。
心理学などでエゴと呼ぶものです。
この声に騙されると、取り組んでることをあきらめてしまったり、時に自分の命を絶ってしまう人もいます。
悪魔みたいな囁きですが、じつはその正体は自分で自分を認めない考えです。

自分を認めてない状態と言うのは、自己イメージが低い状態と言えます。

本当の自分は制限がない

自己イメージが高い人は、本当の自分に近くなるので、この制限が少なくなります。
自己イメージの中に宇宙、愛を見出した人は、本当の自分になっていると言えます。

無条件で自分を愛することができる人たちです。

僕は音楽を聴きながら、星空の道を散歩している時に、自分の実体に気付きました。
美しい自然や芸術は、本当の自分に戻る力があります。
人はそれを琴線と呼びました。
生きているのがただ嬉しくて、感謝したくなるような気持ちになっている時は、本当の自分になっています。

空は深い青で、知ってる星座がいくつも煌めいていて、日常の嫌な考えが消えてしまいました。
誰も悪く思いたくない、自分も悪く思いたくない。
ただ自分の本心はすべてが愛おしいと感じる。

ただそれだけの生命だと

本当の自分は制限がありません。不滅で無限で完全です。
本当の自分は宇宙の根源の分身なのです。
宇宙の根源は神なので、あなたは神の分身なのです。みんな神の分身なのです。

本当の自分のまま日常に帰る

今度はそのまま日常に帰ります。

本当の自分に意識を合わせたまま日常を過ごすと、制限や条件を超えているところで生きることができます。
他人の評価を当てにしたり、不足感に悩むこともなくなっています。

その時、世界全体が自分の心の中にある愛に包まれているような感覚になります。

ただ生きているだけで、素晴らしいと言う心で日常を見ると、見飽きた街並みも輝いて見えます。
人を好きになり始めた時のあの不思議な感覚に似ているかもしれません。

世界全体を自分の愛を通して見ているので輝いている感じです。

僕も昔は夜だけ調子が良くて、昼間の日常に帰ると普段の自分に戻ってしまって、制限や条件の中で苦しみました。

今は本当の自分のまま日常を過ごせるようになりました。
時々、頭の中で考えがうるさいこともありますが、それは真実ではなくただの考えと知っているので反応しません。
ブレることはあっても、瞑想すれば簡単に戻ります。

 

本当の自分はなにもかも愛おしいと感じるのものです。
そして人生がその心の中にある愛の幻だとわかります。

現実は外側にはなく、自分が観念を通して印象を受けたことを現実と呼んでいたと気付くでしょう。

ただ思考が創りあげた幻であり、本当の実在が愛だけであると気づきます。

 

そしてそのたったひとつだけの愛があるだけなのです。