こんにちは、アマザトです。

今回は不安の対処法をお届けしたいと思います。

不安になるとつらいですよね。その時どうすればいいんでしょうか

理由がわかっていても消えない不安もあります。

 

必要な不安、必要ない不安

不安な気持ちの正体は思考です。
不安は、基本的に自己防衛のために出てきます。
原始時代は危険な獣に遭遇すると死んでしまうので、薄暗い森などに入った時は毒蛇がいないかなど不安になったはずです。

これは必要な不安です。リスク管理ですね。

タイヤがギシギシ変な音がするのに、この車大丈夫かな!?
と気付けないと、大変なことになってしまいます。

未知なことをする時も不安が出て来ます。
やったことのないスピーチを任されて不安になったとします。
でもスピーチ経験が豊富な人に教えてもらったりすると不安は薄らいでゆきます。

不安になるのは、準備が足りないと言うサインでもあります。
ここで不安が働かなかったら、準備不足でスピーチを始めてしまいます。

準備が整えば、不安も減ってゆくものです。

ですが、その自己防衛のための思考が、実際大きな危険がないにも関わらずに働いてしまうことが問題です。
人の態度がそっけなかったなどで、「嫌われているのかも」と不安になってしまってそこから出れなくなってしまいます。

失敗したらどうしよう・・・
これからどうなるんだろう・・・

実際は生命の危険性がないにも関わらずに、防衛状態に入ってしまいます。
その状態は緊張していて、頭も身体も疲れてしまいます。

思考、想像力が暴走を起こして過剰反応を起こしている状態と言えます。

問題なのが不安の暴走

危険から自分を守るためのサイン、準備が足りてないなどのサインとしての不安は正常のものです。
このサインを見逃すと、痛い思いをしてしまいます。
これは必要な不安であり、自分を守るための危機意識とも言えます。

問題なのが、不安の暴走です。

不安は想像力でいくらでも膨らむので、悪いことを考えると行動できなくなったり、間違った行動をしてしまったりします。

人が笑っているだけで、自分が笑われているのでは!?と思ったり、この先どうにもならないのではないか!?と思ったりです。

子どもはオバケを怖がりますが、大人もオバケを怖がっています。
それが自分が損失を受けたり、傷つくのではないか、みたいな被害妄想と言う名のオバケです。

大切なのが、自分にとってこれはサインとしての必要な不安なのか、想像力が暴走している不安なのかを見極めることです。

思考を客観的に観る

思考はあなたではありません。思考は「あなたの思考」なのです。
なので思考の暴走、想像力の暴走は、あなた自身ではないと言うことです。

この思考の暴走に感情を繋がないで観察することができれば、不安の暴走を流すことができます。

思考の観察ができれば、それがオバケか影かわかるものです。
オバケは人間の想像力の中で、大きくなってあなたを怖がらせますが、その正体はあなたの暴走した想像力なのです。

漠然と何か自分はダメになるのではないか!?と言う考えが頭の中に浮かんで来て苦しむ人がいます。

この時に少し遠くから自分の思考の動きを観察できれば、その思考に取り込まれることがなくなります。

そうすると、この不安がサインとして必要なものか、それとも思考が暴走している不安かがわかります。

どうするかと言うと、頭の中に浮かんでくる思考を眺めてゆくのです。
この時に、不安な考えが出てくるでしょう。
この不安を観察者の立場で観るのです。その思考の体験者ではなくて、観察者の立場に自分を置きます。
この観察者としての立場があなたです。

僕自身は瞑想をして、思考を観察します。そうすると自分が大切にすべきものなのか、妄想なのかがわかります。

そうすると、不安な思考が観察の対象物になります。
観察していると、あんなに怖がっていた不安と言うオバケの正体は、自分の思考だったとわかるはずです。

これがわかると良い精神状態を取り戻します。

あなたが何かに対して不安を感じていても、実際の不安の正体はあなたの思考、想像力です。

外は怖いと思っていると想像力が膨らみ、部屋から出れなくなってしまいます。
外は別に怖いことがあるわけではありません。
これは思考の暴走です。

ですが、「ニューヨークの深夜帯は危ない」と言うのは、危機意識、リスク管理で客観的な意見ではないかなと思います。
この場合、思考は暴走していないので、冷静な判断ではないかと思います。

実際なにか不利な立場にいたとしても、不安に取り込まれてない方が、最善の解決策を取ることができるはずです。
いたずらにオバケを大きくしないで、良い精神状態でいることが、解決に一番近い道であるはずです。